親愛なる戦友に捧ぐ鎮魂歌

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今夏、親愛なるピックアップ仲間が東京を去った。僕をピックアップの世界に引き込んだ友人がいなくなったのは悲しいことである。 

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僕が始めてピックアップに挑んだのは、東京を去ってしまった友人がクラブに連れて行ってくれたときだ。そのとき、僕は20代中盤で完全に社畜化し、女性との出会いといえば、たまにある合コンくらいだった。合コンの後に数回デートをしてもその後につながらないことも多く、ピックアップという行為は僕の目の前の世界を大きく変えた。

彼らは僕をピックアップの世界に引き込んだが、その後は僕の方が活動にコミットしていた。彼らは飲み会の帰りにノリで活動するくらいしかやっていなかった。更に、街コンやクラブなら声をかけられるが、路上では声をかけられないようなタイプだった。それから必然的に一緒に活動するときは専ら僕が声かけなどをするようになった。

一緒にした最後の活動の後に、彼らは言った。「今日は何もなかったな」と。僕は耳を疑った。自分で何もしてないのにそれはないだろう。僕は彼らが何のために出かけているのか全く理解できなくなった。自分で声かけしないし、いざ僕が声かけしようとすると「あの子は好みではない」と首を横に振った。そうならば、自分で声かけすればいいのにと何度も思った。「あの子がいい」彼らは言う。僕は「声かけするなら行くよ」と言う。でも彼らは声をかけない。自分で選んだのだから自分で主体的にアクションしてほしかった。僕には全力でサポートする準備があった。でも彼らは自ら行動を起こさなかった。主体的に行動しないなら僕は僕で自由にやりたかった。僕は自由に飛びたかった。でも彼らはアンコントローラブルな僕の動きに憔悴しているようだった。

もう既に彼らは違う世界に行ってしまったのかもしれない。いや、違う世界に行ってしまったのはきっと僕の方だ。もう物事を同じ次元で捉えることは叶わなくなってしまったようだ。僕は薄々気付いていたその事実を現実に認識したとき、ただただ悲しくなった。

最後のピックアップ活動の後、別れ際に、僕は笑顔で「また」と言った。内心は笑顔はなかったにもかかわらず。僕の心を捉えていたのは笑顔ではなく悲しみだった。物理的にも心理的にも距離が離れた。そろそろ新しいステージに立つ仲間を探さなくてはならないのかもしれない。

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某PUAの方と少し行動を共にしたとき、事前の打ち合わせなどは一切していなかったが、僕は自由に飛べていた。それは彼が僕をコントロールできただけなのか、お互いに感じ取ることが一致していたのかは分からない。でもそれは今までに感じたことがない心地よさだった。

僕は誰かをうまく動かすというような司令塔のようなタイプ的ではなく、ファンタジスタのように自由に動き回れるポジションを好んでいた(そういうポジションを好むということであって「ファンタジスタ」のようにすごいわけではない)。

ファンタジスタにはお互いに感じ取れる相棒が必要だ。或いは自由に動き回るという点ではソロの方が向いているのかもしれない。

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結局のところ、ピックアップについては友人たちと一緒にすることはもうあまりないだろう。お互いに考えるところのズレが大きくなりすぎている。でもかけがえのない友人であることには変わりはない。ピックアップ活動をしなくても仕事について語り合ってもいい。今考えると、僕と彼らが一緒に活動をしていたのは、僕と彼らの友人関係を結ぶものが女の話しかなかったからだと思う。本音は友達として遊びたかっただけなのかもしれない。そして、一緒に活動した数年間、僕たちはあまり成長しなかったかもしれないが、悪くはない人生だった。

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最後の別れ際、僕は、何故か幻影旅団団長によるウヴォーギンへのレクイエムを思い出した。決して再会できないわけではない。でも別の世界へ歩み始めた、その紛れもない事実があった。

彼らの新天地での活躍を期待しながら、僕は東京の夜を一人で再び歩き始めた。

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