「価値観ぶちまけルーティーン」のススメ

PUAの世界で「雰囲気ぶち壊しルーティーン」というのがある。おそらくはasapenさんがその名付け主だと思うが、要は最終局面で、これまでのいい感じの雰囲気をぶち壊すようなことをする(パソコンで作業し始めるとか)により、女子が構ってほしい雰囲気を作り上げてそのまま致してしまうというルーティーンだったと思う(違ってたらごめんなさい)。


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僕もこの種のルーティーンは使ったことがあるが、あまり好きではない。

つまるところ、このルーティーンは最終局面のグダ崩しの技の一種であって、そもそも僕はグダ崩しというのがあまり好きではないのだ。

もちろん、形式的なグダグダは常に発生する。これは恋愛手法を学ぶ際に、女子がインストールしてしまう自然的な行為なのである(意図するかしないか別にして)。
こういう形式的なグダグダは一応崩さなくてはならないので、僕も多少は形式グダグダを崩す技を繰り出すわけだが、あまり過剰にはやらない。

ルアーに引っかかったブラックバスがなかなか吊り上げられない、そんなときは「なかなかのディフェンス力だった、あっぱれ」と思い、ほんの少しの感心を添えて速やかにリリースするのである。

要は、テクニカルな手法で勝ちを得たいのではなく、相手を魅了することによってゴールを得たいのである。従って、魅了できなければ自分の負けで、基本的には、去る者追わず、「人は魅力でしか縛れない」のである。

話が逸れた。今日は「価値観ぶちまけルーティーン」の話をする。

「価値観ぶちまけルーティーン」は、簡単である。要は、ナンパやアポの早い段階で自分の「価値観」を開示してしまうのである。「自己開示」の一種ではあるが、属性や基本的な情報を開示するだけでなく、「価値観」そのものを開示するのである。

単にゴールを狙うという観点からはヒットレシオが顕著に低下するという側面を有する一方、そもそも無駄なアポや無駄なコスト(例えば、そもそもアポを設定しない、二軒目を挟んだ余計なコスト(金銭面だけでなく時間も)をかけないなど)を確実に削減できる。また、何よりLTR(長期的関係)を構築するには重要な手法だったりする。

短期的な関係で終わらせるつもりなら、「価値観ぶちまけルーティーン」を使う必要はない。とりあえず何かしらよさそうな雰囲気を身にまとうとか、Good Dad値が高そうな雰囲気を出す(言うまでもないが、自分で言ってはダメで何となく雰囲気を醸し出すということである)、洗練されたルーティーンを繰り出すということで十分だと思う。

しかし、長期的関係を築こうと思った場合には、自分の「価値観」を伝えることが重要となる。

価値観というのは色々ある。例えば、「付き合う前に男女の関係になるのはよろしくない」という価値観がある。これは世間一般に流布されている価値観である。

この点について、一時期、「付き合う前に男女の関係になるのは別に悪いことではない」という教義を布教しようとしたことがあるのだが、基本的には全く受け入れられなかった。一方で、ナンパなどで出会う人はこの価値観に違和感がない人もいる(絶対数としては明らかに少ないと思うが)。

「付き合う前に男女の関係になるのは別に悪いことではない」以外にも色々な価値観がある。ナンパなどをする人は基本的にオープンマインドな人が多いと思うので、その価値観は相当多様性に富んでいると思う。

自分の価値観も「普通の人」からしたら変だと思う。特に日常生活で接する人たちからすると、相当程度頭がおかしいことをやっていたりする(当然、職場ではそのような仕草を見せず忠実な会社の犬なので、ばれていないはず)。

そもそも、定期的にナンパをする人自体が全体の5%程度だと思うので、そういう意味では、一般的な人から見ると、ナンパ自体が「変な行為」であって、ナンパをする人は等しく「変な人」ということになる。

しかし、「変」かどうかは、あくまで相対的な捉え方である。日本では、95%がナンパをしないから、ナンパをすると「相対的に変な人」になるのだろう。逆に、イタリアではみんなナンパをすると聞くので、ナンパをしない人の方が変な人になるのかもしれない。

いずれにしても、変かどうかとか、「価値観」というのは多分に相対的なものであって、その属する社会によって評価が大きく変わるものである

そのように考えると、最初から「価値観をぶちまける」ことによって、それを許容する人を相当スクリーニングでき、逆に自分の「価値観」に共感してくれる人の食いつきはかなり上がる。つまり、相手は「共感」を感じることになるので、相当強いラポールになるのではないかと思う。

前述のとおり、初期の段階で「価値観をぶちまける」とひかれる可能性があるので、ワンナイトをはじめ短期的な関係を想定するなら、わざわざ「価値観をぶちまける」必要はない。

しかし、長期的な関係を見据えたり、そもそもテクニックに雁字搦めになってまでゴールを狙いたくないという人には「価値観ぶちまけルーティーン」は有意義かもしれない。

「人は魅力でしか縛れない」

※最近思うことを書いているだけで特に他意はないのですが、既にこのようなことを誰か記事にしていたかもしれません。

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